恋愛マスターと帽子男の災難

薄暗いバーのカウンターで、カクテルを飲んでいる女がいた。真っ赤な口紅が妖艶な雰囲気を醸し出している。名前はルビー。自称、恋愛マスターだ。

「あーあ、つまんない」ルビーはため息をついた。

「今日も、私の魅力の虜になった男たちが、何人も口説きに来たわ。でも、みんな同じ顔に見えて退屈なのよね」

そんなルビーの隣に座る、地味な服装の女性、エメラルドが静かに本を読んでいた。エメラルドはルビーの唯一の友人であり、聞き役だ。

「ルビーさん、またですか。そんなこと言っていると、本当に素敵な人を見逃してしまいますよ」

エメラルドは本から顔を上げずに言った。

「そうかしら。私の魅力に気づかない男なんて、この世にいるとは思えないけど」

ルビーは自信満々に言い放った。

その時、バーの入り口から、一人の男性が入ってきた。長身でスラリとしており、顔は隠れるように帽子を深く被っている。

「あら、素敵な雰囲気の人じゃない」

ルビーは目を輝かせた。

男性はカウンターに座ると、バーテンダーに「ジン・トニックを」と低い声で注文した。ルビーはチャンスとばかりに、男性に近づいていった。

「こんばんは。お一人ですか?」

ルビーは男性の隣に座り、妖艶な笑みを浮かべた。

しかし、男性はルビーの方を見向きもせず、ただ静かにジン・トニックを飲んでいる。

「な、なによ、私の魅力に気づかないなんて、失礼しちゃうわ」

ルビーはムッとした。

「もしかして、恥ずかしがり屋さんなのかな?」

ルビーはさらに距離を詰め、男性の肩に手を置いた。

男性は帽子を少しだけ持ち上げ、ルビーを見た。その顔は、驚くほど平凡だった。

「あの…その…帽子、取れますか?」

ルビーは恐る恐る聞いた。

「あの…」

男性は恥ずかしがっている様子だったので、ルビーはしびれを切らして、男性の帽子を取った。

えいっ!「あ、あなたは…」ルビーは絶句した。

 

なんと、男性の頭はツルツルだったのだ。

「私は、AGAなんです」男性は静かに言った。

ルビーは、言葉を失った。

 

「なんだか、気分がAGAらないわ」

ルビーはそう言うと、さっさと席を立った。

残されたエメラルドは、静かに本を読みながら、小さくつぶやいた。

「AGAとか、それはさすがに予想外すぎでしょ…」