真夏の冬眠男

真夏の太陽がアスファルトを溶かしそうな日差しの中、日傘を差した小柄な女性、ミツコは額の汗を拭いながら歩いていた。彼女の隣には、全身黒づくめの長身で痩身の男、タケシが、なぜか真冬のコートを着て無表情で歩いている。

「タケシさん、そのコート、さすがに暑くないですか?」ミツコが恐る恐る尋ねた。

タケシは空を見つめ重々しく口を開いた。「これはね、ミツコさん、ただの冬用コートではないのだよ。これはね…」彼は少し間を置き、もったいぶった口調で続けた。「…冬眠用コートなんだ。」

「冬眠用…?」ミツコは思わず聞き返した。真夏の炎天下の中、冬眠用コートを着る意味が全く理解できなかったからだ。

「そう、冬眠用。このコートを着るとね、まるで冬眠しているかのように周りの音が聞こえなくなるんだ。」タケシは得意げに胸を張った。

「でも、タケシさん、周りの音が聞こえなかったら危ないですよ!」ミツコは心配そうに言った。

「大丈夫、大丈夫。僕の冬眠は特殊でね、危険を感じると自動的に冬眠が解除されるんだ。」タケシは自信満々に答えた。

「自動的に…冬眠が解除…?」ミツコはますます混乱してきた。

その時、二人の目の前に一台のトラックが猛スピードで突っ込んできた。

「危ないっ!」ミツコは叫んだ。

しかし、タケシは微動だにしない。冬眠用コートの効果で、トラックの音もミツコの叫び声も聞こえていないのだ。

「タケシさんっ!」ミツコはタケシの腕を掴んで引っ張った。

その瞬間、タケシの体がビクッと震えた。どうやら冬眠が解除されたらしい。

「な、なんだ…?」タケシはキョロキョロと周りを見渡した。

「危なかったですよ!トラックに轢かれそうでした!」ミツコは怒鳴った。

「トラック…?ああ、そういえば冬眠中だったな。危ないところをありがとう、ミツコさん。」タケシは平然とした様子で言った。

「冬眠中って…、本当に危機感がないんだから…」

「冬眠して死んだら、本末転倒じゃない」

ミツコは呆れ顔で言った。

「でもね、ミツコさん、おかげで素晴らしい夢を見ることができたんだ。」タケシはニヤリと笑った。

「どんな夢ですか?」ミツコは興味津々に尋ねた。

タケシは目を輝かせながら答えた。「それはね、僕が巨大なペンギンになって南極で魚をたらふく食べる夢だよ!」

「…ペンギン…?」ミツコは思わず言葉を失った。(一体何言ってるんだコイツは・・・というか歩きながら冬眠ってどんな冗談よ)

そして、再び真夏の太陽の下を、日傘を差したミツコと冬眠用コートを着たタケシが歩き始めた。彼らの前途には、一体どんな珍妙な出来事が待ち受けているのだろうか。