未来を地球儀に書き込む迷老人
市役所の受付窓口になぜか地球儀が置かれていた。地球儀の表面には、ところどころインクがにじんだ国名が見え隠れしている。それは、たった今、窓口を訪れたボサボサの白髪で顔には深い皺が刻まれている天童おじさんが置いたものだった。
天童おじさんは得意げに話し始めた。
「わしは昔、教師じゃった。世界史を教えておったんじゃ」彼の。老眼鏡の奥の目は、遠い過去を見つめているかのようだった。
「世界史…ですか?」
向かいに座る受付の女性、宇佐美さんは、おじさんの話を興味なさそうに聞いていた。彼女は黒髪をきっちりとまとめ、白いブラウスに黒いスカートという、いかにも事務的な服装をしている。
「そうじゃ。ローマ帝国の栄華、フランス革命の熱狂、第二次世界大戦の悲劇…わしはそれらを生徒たちに語り継いできたんじゃ」
「歴史は繰り返すと言われる。だが、わしはそうは思わん。なぜなら…」おじさんはここで言葉を切り、机の上の地球儀を指差した。
「この地球儀には、まだ描かれていない未来があるからじゃ!」
宇佐美さんは、あくびをこらえながら、「はあ…そうですか」と生返事をした。
「わしは未来が見えるんじゃ。この地球儀に、これから起こる出来事を描き加えていくことができるんじゃよ」おじさんは、ポケットから赤いマジックを取り出した。
「例えば、2024年8月13日。とある廃校で、大規模なコスプレイベントが開催される。そこには、120人もの美少女たちが…」
宇佐美さんは、おじさんの話を遮って、
「あの…天童さん、ここは市役所ですよ。コスプレイベントの許可申請は、あちらの窓口でお願いします」
天童おじさんは、きょとんとした顔で、「コスプレ? いや、わしは歴史の話をしておるんじゃが…」
宇佐美さんは、ため息をつきながら、
「天童さん、あなた、さっきから地球儀に落書きしてますよ」
天童おじさんは、地球儀を見て、「おや、これはこれは。古代エジプト文明の象形文字に似ておるわい」
と、ますます訳の分からないことを言い始めた。宇佐美さんは、頭を抱えた。
「もう、勝手にしてください…」
そう言ってからも、天童おじさんは、地球儀に落書きを続けながら、ひとりでぶつぶつと呟いていた。
「未来は、バナナの皮のように、予測不能で面白いものじゃ…ふぉっふぉっふぉっ」
一番予測不能なのはあなたですよ。宇佐美さんは心の中で呟いた。