解雇太郎と謎の呪文:流動性と活性化の代償

「なぁ、太郎ちゃんさ、解雇規制緩和ってマジ?」

高級料亭で飄々とした雰囲気の男・進次郎は、眉をひそめながら尋ねた。

 

太郎と名乗る男は、いつものようにハイボールをぐいっと飲み干す。

「ああ、流動性高めるためよ。企業の活性化に繋がるし、優秀な人材はもっと活躍できるようになるんだ!」

「でも、それって要は、簡単にクビにできるってことじゃん?年寄りとか、使い古された部品みたいになっちゃうって話だよ?」

進次郎の言葉に、太郎は少しムッとした表情を見せる。

「そんなことはない!金銭解決制度も検討してるんだ。クビになった人にも、ちゃんと補償はするつもりだよ!」

「はぁ?補償?それで人生やり直せると思ってるの?それに、結局誰が判断するの?『優秀な人材』って誰が決めるの?」

進次郎は、しつこく質問を続ける。太郎は、焦り出したのか、急にまくし立てるように話し始めた。

「だって、今の日本は、非効率すぎるんだ!古い体質のせいで、生産性が低い!解雇規制がそれを阻害してるんだよ!だから、もっと柔軟に、自由に、人材を配置転換しないと、日本は衰退する!」

 

「太郎ちゃん、ちょっと待って。君、何か変な呪文を唱えてるみたいだよ?」

進次郎の言葉に、太郎はハッとした。そして、急に顔を赤らめて言い出した。

「そ、それは…『流動性!活性化!人材配置転換!』…この呪文を唱えれば、日本は再び輝けるんだ!」

 

進次郎は、太郎の奇行に呆れて、ため息をついた。

「…太郎ちゃん、そろそろお会計ね。君が唱える呪文は、多分、誰も理解できないと思うよ。」

進次郎がそう言うと、太郎はしょんぼりした。

太郎は、解雇規制緩和という、彼にとっての「革命」が、世間に受け入れられないことに薄々気づいていた。

数日後、太郎は、あるニュースを見て愕然とした。それは、彼自身の解雇に関するニュースだった。どうやら、彼の「流動性!活性化!人材配置転換!」という呪文は、あまりにも強力すぎて、彼自身に跳ね返ってきたらしい。

「…まさか、俺がクビになるなんて…」

 

太郎は、自分の言葉の重さに、初めて気づいたのだった。

それからというもの、太郎は、以前のような自信満々な発言をすることはなくなった。時々、居酒屋で進次郎と会うと、解雇規制緩和の話題に触れることはあったが、もはや「革命」という言葉は使わなくなった。代わりに、太郎は、穏やかな表情で、こうつぶやくようになった。

「やっぱり、人間は、簡単に部品みたいに交換できるもんじゃないよね…」

太郎は、自分の経験を通して、ようやく「流動性」の裏側に隠された、人間の尊厳というものを理解し始めたのだった。

しかし、進次郎は、太郎が本当に理解したのかどうか、半信半疑だった。なぜなら、太郎は、時々、無意識に「流動性!」と呟くことがあったからだ。そして、その度に、進次郎は太郎に、冷たいハイボールを注いで、静かに見守っていた。