ファラリスの牛丼

「おい、山田!また牛丼かよ!毎日牛丼食って飽きないのか?」

同僚の田中が、俺の昼飯を見て呆れたように言った。俺は丼に入った牛丼を眺めながら、涼しい顔で答えた。

「飽きないね。だって牛丼は、もはや俺の一部だから」

 

「意味わかんねえよ。牛丼の一部ってなんだよ。お前、牛か?」

「まあ、牛丼を構成する要素の一つってところかな。肉とか米とか、紅生姜とか、七味とかと同じように、俺も牛丼の一部なんだよ」

「だから意味わかんねえって!哲学かよ!」

田中はそう叫びながら、自分の弁当を広げ始めた。唐揚げ弁当だ。

 

「それよりさ、最近『ファラリスの牛丼』って言葉が流行ってるらしいぞ」

「ファラリスの牛丼?何それ?」

俺は箸を止め、田中に尋ねた。

「ファラリスの牛ってのが昔あってだな……」

田中は古代ギリシャの話を始めた。曰く、ファラリスの牛というのは、中に人を閉じ込めて下から火を焚き、焼き殺す拷問器具らしい。牛の口から出る断末魔の叫びが、まるで牛の鳴き声のように聞こえることから、その名がついたという。

 

「で、その牛で牛丼を作ると、『ファラリスの牛丼』になるんだとさ。まあ、ネットのネタなんだけどな」

「うわ、最悪だな。そんな牛丼、誰が食うんだよ」

俺は顔をしかめた。

「まあ、誰も食わないよな。拷問器具で作った牛丼なんて、食えたもんじゃないし」

田中も同意するように頷いた。

 

「でもさ、もし本当に『ファラリスの牛丼』があったら、どんな味なんだろうな?」

俺は唐突にそう思った。

「は?何言ってんだよ、お前。そんなもん、考えただけで吐き気がするわ」

「いや、でもさ、もしかしたらめちゃくちゃ美味いかもしれないじゃん?牛の断末魔が染み込んだ牛肉とか、想像しただけでヨダレが出そうじゃね?」

「出るか!お前、正気か?」

 

田中はドン引きしている。だが、俺はもう止まらない。

「しかも、その牛丼を食べることで、犠牲者の魂と一体化できるかもしれない。そう考えると、ちょっと神秘的じゃね?」

「神秘的じゃねえよ!完全に狂ってるよ!」

 

田中のツッコミにも構わず、俺は続けた。

「よし、今度ファラリスの牛丼を作ってみようかな」

「作るな!絶対作るなよ!ていうか、どうやって作るんだよ!ファラリスの牛なんて、どこにも売ってないだろ!」

「まあ、そうだな。でも、なんとかなるだろ。なんとかならなかったら、牛丼チェーンの社長を誘拐して、ファラリスの牛を作らせればいいんだ」

「誘拐すんな!犯罪者になるな!ていうか、社長を誘拐して牛丼作らせても、それはファラリスの牛丼じゃなくて、ただの社長牛丼だろ!」

「確かに。じゃあ、どうすればいいんだ……」

俺は考え込んだ。

 

「もう、牛丼食ってろ!」

田中はそう言い捨てて、唐揚げ弁当を食べ始めた。

俺は牛丼を眺めながら、ため息をついた。

「ファラリスの牛丼か……。幻の味だな……」

その時、俺の脳裏に一つのアイデアが閃いた。

「そうだ!牛丼チェーンの社長を誘拐して、牛の着ぐるみを着せて、下から火を焚けばいいんだ!」

「だから誘拐すんな!」田中は叫んだ。

 

俺は無視して、スマホを取り出した。

「よし、社長の電話番号を調べよう」

「やめろ!やめろぉぉぉ!」

田中の悲鳴が食堂に響き渡った。

おしまい