柴田独歩の結婚中毒
薄暗いバーの片隅、紫色のカクテルを舐めるように味わう男がいた。その名は、柴田独歩(しばた どっぽ)。紫色のカクテルしか飲まないという、奇矯な男だった。彼の向かいには、頭頂部だけが緑色に輝く最も奇妙な男、若葉マークが座っている。
「結婚ってさ、するものなのかな?」
柴田独歩は唐突にそんなことを口にした。若葉マークは、頭頂部の緑をさらに輝かせながら答える。
「するものって…結婚って、制度でしょ?する、しないっていうか…」
「いや、制度だからって、みんながするべきなのかってことだよ」
柴田独歩は紫色のカクテルを揺らしながら、哲学的な問いを投げかける。
「だってさ、結婚したら、自由がなくなるじゃん?一緒に住まなきゃいけないし、相手の親戚付き合いもしなきゃいけないし…」
若葉マークは、彼の紫色の思考回路に少しついていけない様子だった。
「でも、いいこともあるでしょ?寂しくないし、支え合えるし…」
「寂しくない?支え合える?そんなの友達でもできるじゃん?ペットでもできるじゃん?」
柴田独歩はさらに畳みかける。若葉マークは、頭頂部の緑が点滅し始めた。
「いや、ペットはちょっと…」
柴田独歩は、紫色のカクテルを一気に飲み干した。
「結婚なんて、時代遅れなんだよ」
その時、バーの扉が開き、一人の女性が入ってきた。彼女は全身真っ白な服に身を包み、まるで雪の妖精のようだった。
「あら、お二人とも、こんなところで何を…」
彼女は柴田独歩と若葉マークの間に座り、ウインクをした。
「結婚について語り合っていたんだよ」
若葉マークが答えると、彼女はくすりと笑った。
「結婚って、いいものよ」
「またまた、そんなこと言って…」
柴田独歩が否定しようとすると、彼女は白いベールをそっと上げた。
「だって、私はあなたと結婚したくて、ここまで来たんですもの」
彼女の言葉に、柴田独歩と若葉マークは言葉を失った。彼女の左手薬指には、大きな紫色の宝石が輝く指輪がはめられていた。
「え?僕と…結婚…?」
柴田独歩は、混乱した様子で自分の左手を見つめた。そこには、同じ紫色の宝石が輝く指輪があった。
「いつの間に…」
「あなたが寝ている間に、こっそり…」
彼女はいたずらっぽく笑う。
「まぁ、そういうことだから、よろしくね、旦那様」
彼女はそう言うと、柴田独歩の頬に軽くキスをして、バーを出ていった。残された柴田独歩と若葉マークは、しばらくの間、茫然としていた。
「結局…結婚…したんだ…」
柴田独歩は、頭を抱えながら呟いた。若葉マークは、頭頂部の緑色が、今まで見たことのないほど輝いていた。
「おめでとう…なのかな…?」
柴田独歩は、自分の左手の指輪を見つめながら、複雑な表情を浮かべていた。結婚なんて時代遅れだと思っていた彼が、まさか雪の妖精のような女性と結婚することになるとは…。
そして、彼がもう一つ気づいていないことがあった。彼の紫色のカクテルは、実は彼女が作った、特別なカクテルだったのだ。その名も、「結婚中毒」。一度飲んだら、もう結婚から逃れられない…。